留学報告書(2)
2年4組 宮川友里
メキシコに来て、7ヶ月が経ちました。
今回は、メキシコの宗教について書きたいと思います。
日本では宗教を意識する機会はあまり多くありません。また、「宗教」と聞くと、どこか少し距離を感じたり、あまり良いイメージを持たなかったりする人も多いのではないでしょうか。私自身も以前は特に偏見があったわけではありませんが、興味を持つこともなく、あまり身近なものではありませんでした。
しかし高校一年生の時、イスラム教を信仰している友人と仲良くなったことをきっかけに、「宗教とは何なのだろう」と考えるようになりました。それ以来、宗教に対して少しずつ興味を持つようになりました。
メキシコでは多くの人がカトリックを信仰しています。私のホストファミリーも毎週日曜日に、2〜3時間ほど教会へ行きます。教会では歌を歌ったり、最近あった出来事を話したりしていて、私たちが想像するよりもずっとラフな雰囲気です。
私が実際に生活してみて感じたのは、宗教を強く意識している人ばかりというわけではないということです。多くの人にとって教会に行くことは、子どもの頃から続いている一つの習慣のようなものだと感じました。
例えば日本でも、お正月にはおせち料理を食べますが、一つひとつの食材の意味を考えながら食べている人はそれほど多くないと思います。
それと同じように、メキシコでも「神様に祈りを捧げるために行く」というより、「日曜日だから教会に行く」という感覚で通っている人も多いように感じました。宗教は特別なものというよりも、生活の中に自然と溶け込んでいる習慣のような存在なのだと思います。
ホストファミリーには3歳の女の子がいます。最初は「こんな小さな子が長い時間じっとしていられるのだろうか」と思っていました。しかし実際には、教会には子どもたちもたくさんいて、庭でお絵描きをしたり、ジュースを飲んだりしながら、子ども同士で楽しそうに遊んでいます。その様子を見ていると、家でスマートフォンやゲームに多くの時間を使うことが多い現代の子どもたちと比べて、とても健全な時間の過ごし方だと感じました。
またメキシコでは、宗教が日常生活の中にも自然に存在しています。例えば車で遠出をする前には、無事に到着することを願って十字を切る人が多くいます。
さらに、街では物乞いをしている人をよく見かけます。普通ならそのまま通り過ぎてしまうことも多いかもしれません。しかしメキシコでは、カトリックの「隣人を大切にする」という考え方からか、お金を渡したり声をかけたりする人も少なくありません。そうした姿を見ていると、人と人とが支え合って生きているように感じられて、私はその温かさがとても素敵だと思いました。
日本人からすると、休日の2〜3時間を教会で過ごすのは「もったいない」と感じる人もいるかもしれません。正直に言うと、私も聖書のスペイン語は難しく、すべてを理解できるわけではありません。そのため、退屈に感じてしまうこともあります。スマートフォンを見ながらゆっくり過ごしたいと思う気持ちも、一人の現代人としてよく分かります。
しかし今の日本では、家族や親戚、近所の人とのつながりが、少しずつ薄れてきているように感じます。それと同時に、日本の素敵な文化も少しずつ失われつつあるのではないでしょうか。
例えば年賀状です。私が小学生の頃は、先生が生徒に年賀状を書いたり、友達の家のポストに年賀状を入れたりすることもありました。今ではLINEやSNSで簡単に「あけましておめでとう」と送ることができます。しかしその分、人と直接関わる機会は少しずつ減ってきているのかもしれません。
メキシコで教会に通う人たちを見ていると、宗教は人と人をつなげる大切な場所でもあるのだと感じました。毎週同じ場所に集まり、顔を合わせて話をしたり、子どもたちが遊んだりする。そうした時間の中で、自然と人とのつながりが生まれているのだと思います。
「宗教とは何か」。正直に言うと、私にはまだはっきりとは分かりません。
しかし日本にも、宗教と関わりのある素敵な文化や習慣がたくさんあるにもかかわらず、「宗教」と聞くだけで嫌な顔をする人がいるという現実を、少し悲しく感じます。
人は一般的に、新しいものよりも今まで慣れ親しんできたものを好む傾向があります。そのため、「宗教」という聞き慣れない言葉に対して、どこか抵抗感や不安を抱いてしまう気持ちも理解できます。
もちろん宗教を信じるかどうかは人それぞれであり、誰かに強要されるものではありません。しかし、最初から偏見を持つのではなく、「こういう文化や考え方もあるのだ」と知ることは、とても大切なことだと思います。











